矯正歯科学への道 〜矯正歯科一筋の12年を振り返って〜
 (2006.1.1)


■医学の道へ進みたかった私はひょんなことから歯学部へ入学した。

歯学部では、はじめの2年間は教養課程でその後4年間専門課程で基礎医歯学と臨床歯学を学ぶ。
あまり知られていないと思うが歯科は医科のように様々な分野にわかれていて、その分野ごとに講座(教室)があり、各講座ごとに教授を頂点としたピラミッド構造組織をなしている。

■4年生(専門2年)のころ、初めて歯科矯正学の講義を受けた。
矯正学講座の教授は三谷英夫教授。
矯正学の虜になるのに10分とはかからなかった。教授の流れるようなお話、魅力あふれる講義内容。
歯学を学ぶのになぜ6年間必要なのか?
それは、治療技術のベースにある医学知識−解剖学・生理学・生化学・病理学・薬理学etc.を理解した上で初めて、応用が利き、様々な症状の患者さんの治療が可能となる。
治療テクニックを学ぶなら、半年あれば十分!
今までの歯科へ抱いていた思い、考え方が180度変わった瞬間であり、私の頭の中で基礎医歯学と臨床歯学がはっきりと有機的に結合した瞬間でもあった。
冷静に考えれば当然のことであるが、これを基本として診療に取り組んでいる歯科医師がはたしてどれだけいるのか・・・
あまりにも衝撃的な出来事。その講義のすぐ後、私は教授室の扉をノックしていた。
教授お勧めの教科書をお聞きし、将来、矯正学講座に入局したいことを伝えた。教授は頑張りたまえと私に微笑んでくれた。
この日から私の矯正学の道が始まった。

■教授は大阪の老舗の歯科大を卒業後、イリノイ大学(アメリカ)の大学院で最先端の歯科矯正学を学んだ。そのときの教授は頬筋機能機構(buccinator mechanism)で有名なBrodie教授。Brodie教授はまた、歯科医であれば誰でも御存知の現代矯正歯科医学の基礎を築いたAngle先生の愛弟子であった。Angle先生は、エッジワイズ装置といって今では当たり前となった、そしてなくてはならない矯正装置を発明した偉大な矯正歯科医である。教授は大学院で日本では当時学ぶことが出来なかった最新歯科矯正のトレーニングをうけ、客員教授にまでになり、教鞭をとるに至った。その後、東京医科歯科大学を経て、東北大学へ赴任し、教授となった。

1994年、念願であった矯正学講座に研修医として入局させていただき、日本の他の大学では学ぶことが出来ないAngle先生の流れを汲んだ矯正トレーニング(3年カリキュラム)に打ち込んだ。東北大学の矯正学講座は人気が高く、長く講座に残り、知識や経験を積む事が難しい状況であったため、5年分を3年で学び取ろうと寝る間も惜しみ、正月休みも返上し必死になって臨床・研究に没頭した。また、2年間は研修医として少ないが一人食べていける程度の給料が支給されるが、3年目は研究生として逆にお金を払ってトレーニングを受けることとなる。つまり、3年目の生活費を研修医の2年間で貯めながらの勉強であった。しかし、そういう逆境が私に計り知れないパワーを与えてくれた。
そして、その努力が報われ、自分の希望するだけの間、大学で臨床・研究にうち込むことが出来きた。

■教授はよく私たちにお話して下さった 『君らはAngle4代目だ!自信と誇りを持ちなさい!』
三谷教授のもと、矯正歯科学の基礎を学べたことに大変感謝しています。また、インプラント矯正の先駆者である菅原準二先生からは臨床のすばらしさを学び、清水義之先生(福島市)、高橋一郎先生(現・九州大学教授)には研究に対する姿勢を学び、そして多くの先輩、後輩の先生方から様々な事柄を教わりました。この場を借りて感謝を申し上げます。

■私の歯科医院を選び、通ってきて下さる患者さん方の期待を裏切らないよう、最高の治療、最高の真心を提供できるようこれからも日々努力を惜しまず邁進していく所存です。

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